東京地方裁判所 昭和46年(ワ)310号 判決 1975年2月21日
原告 山田義種
被告 国
訴訟代理人 藤堂裕 荒木文明 ほか二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実<省略>
理由
一 請求原因(一)の事実は、原告が起訴後小菅刑務所に勾留され昭和四五年二月二七日に東京拘置所に移監されたのか、それとも昭和四四年一二月一三日以降東京拘置所に勾留されていたのかという点を除き、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件不許可処分の違憲性・違法性の有無について判断する。
1 在監者の図書閲読につき、監獄法三一条は一項において「在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」とし、二項において「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、これを受けて監獄法施行規則八六条一項は「文書図書ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定している。そして、<証拠省略>によれば、昭和四一年一二月一三日法務大臣の訓令として本件取扱規程が定められたが、未決拘禁者に対する文書図画の閲読の許可基準としては三条一項において「未決拘禁者に閲読させる図書、新聞紙その他の文書図画は、次の各号に該当するものでなければならない。一罪証隠滅に資するおそれのないもの 二 身柄の確保を阻害するおそれのないもの 三 紀律を害するおそれのないもの」と規定され、同条五項において「前四項の規定により収容者に閲読させることのできない図書、新聞紙その他の文書図画であつても、所長において適当であると認めるときは、支障となる部分を抹消し、又は切り取つたうえ、その閲読を許すことができる。」と規定されていること、同月二〇日法務省矯正局長は本件取扱規程の運用について本件依命通達を発したが、未決拘禁者に対する文書図画閲読の許可基準については、二の1において「(一)未決拘禁者に対しては、たとえば、(1) 当該施設に収容中の被疑者、被告人が罪証隠滅に利用するおそれがあるもの (2) 逃走、暴動等の刑務事故を取り扱つたもの (3) 所内の秩序びん乱をあおり、そそのかすおそれのあるもの (4) 風俗上問題となるようなことを露骨に描写したもの (5) 犯罪の手段、方法等を詳細に伝えたもの (6) 通信文又は削除し難い書込みのあるものあるいは故意に工作を加えたもの(中略)などは、その閲読を許さないこと。」とされ、二の2において「第五項により図書、新聞紙等の支障となる部分を抹消又は切取りのうえ、その閲読の許否を決定するに当つては、抹消又は切り取りによつて生ずる問題を十分に検討して行なうものとし、たとえば、(一) 携有又は差入による比較的高価な図書等について、本人の所有に属することが明らかでないため、抹消又は切取りを行なうことによつて、後日紛糾を生ずるおそれがあるとき (二) 抹消し又は切り取るべき個所が著しく多いなどのため、閲読を許すうえで事務手続が煩雑になるおそれがあるとき (三) 抹消又は切取りを行なうことによつて、図書、新聞紙等の形状及び内容を著しくそこなうおそれがあるとき、などは、その閲読を許さないこと。」とされていることが認められる。
2 原告は、監獄法三一条は在監者の文書図画閲読の制限をすべて命令に委ねている点において憲法の要請する法律による行政の原理に違反する疑いが濃いのみならず、右三一条および監獄法施行規則八六条は憲法一九条に違反する旨主張する。
なるほどわが国においても法律による行政の原理が要請されていることは憲法四一条等の規定の趣旨からも窺われるところであるが、右原理といえども行政権限の根拠・行使の基準・効果等行政作用のすべてにわたつてこれを形式的な意味での法律により規定することを意味するものではなく、法律の委任にもとづきまたは法律を実施するために一定の範囲で行政権により命令を制定することも認めているものと解すべきである(憲法七三条六号や八一条にもその趣旨が窺われ、また、条理上もそのように解すべきである。)。監獄法三一条二項は在監者に対する文書図画の閲読を制限しうる旨を定めるとともにその制限の具体的内容を命令に委任しており、これを受けて監獄法施行規則八六条が定められているのであつて、右委任は国会の立法権を実質的に没却するような無制限な一般的・包括的委任ではなく、国会の立法権の下に対在監者という一定の関係において文書図画閲読の制限の具体的内容という一定の事項を委任したものと解すべきであるから、監獄法三一条二項は法律による行政の原理に違反しないというべきである。
ところで、未決拘禁は、刑事訴訟法にもとづき逃走または罪証隠滅の防止を目的として被疑者または被告人の居住を監獄内に限定するものであるが、被拘禁者は社会各般の階層から成り、しかも一般社会からその意に反して強制的に隔離収容されたという特殊な環境と被拘禁者の性格や心理状態等によつて精神の平衡を失いがちであるから、これらの被拘禁者を多数収容してこれを集団として管理するにあたつては、被拘禁者の生命・身体の安全の確保、衛生および健康の管理、施設内の平穏の確保等その秩序を維持し正常な状態を保持するために、一般社会とはおのずから異なつた配慮をする必要があるのである。そして、そのためには被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでは足りず、右に述べたような配慮に照らし、必要かつ合理的な限度において被拘禁者のその他の自由に対し制限を加えることもまたやむをえないものといわなければならない。そして、右の制限が必要かつ合理的なものであるかどうかは、制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様との較量のうえに立つて決められるべきである。
そこで、未決拘禁者の図書閲読の自由の制限について考えるに、右自由は憲法一九条の保障する思想および良心の自由ならびに同法二一条の保障する表現の自由に含まれるものと解すべきであり、しかも右自由は民主主義社会を支える基本的原理の一つとしてその価値は高く評価されるべきである。他方、未決拘禁者が閲読を希望する図書が監獄からの逃走や自殺等を示唆するなど身柄の確保を阻害するおそれがあつたり、あるいは罪証隠滅に資するおそれがある場合には、未決拘禁の目的に直接反するものとして、図書閲読の自由が制限されてもそれは必要かつ合理的な制限というべきである。次に、前記のような監獄内の秩序ないし紀律を維持するためにする未決拘禁者の図書閲読の自由の制限は、その制限の目的が未決拘禁の目的を直接達成するために必然的に加えられるというものではなく、もつぱな身柄を収容させる施設が前記のように特殊な環境であり、被拘禁者が特殊な心理状態等にあつてこれを集団的に管理するところからくるやむをえない結果であること、図書は兇器や騒音を発する器具等のように直接紀律違反の手段となりうるものではなく、読者の心理的影響を通じて間接に紀律違反を惹起する可能性を含むというものであること、一般社会から隔離された未決拘禁者にとつては図書閲読の自由は一般社会におけるよりもいつそう貴重な意味をもつものであることを考え合わせれば、結局、当該未決拘禁者の性格、監獄内の一般的状況、看守の人員配置その他諸般の具体的状況下において、当該図書の閲読が監獄内の紀律を害する結果となる相当の蓋然性が認められる場合にのみ、当該図書の閲読の制限が必要かつ合理的なものとして許されると解するのが相当である。
監獄法三一条、監獄法施行規則八六条、本件取扱規程三条、本件依命通達二項も右の観点に立つて解釈すべきであり、このように解釈するかぎり憲法一九条および二一条に違反するものではないと考えるべきである。
3 そこで、これを本件雑誌についてみると、本件雑誌が原告を含めて一二七名のいわゆる公安事件関係の未決拘禁者に対し各一冊あて差し入れられたことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>を総合すれば、昭和四五年四月一日現在において東京拘置所には合計一、六九五名が収容されていたが、そのうち未決拘禁中の被告人が一、二七六名、懲役刑の執行を受けているものが三七七名、禁錮刑の執行を受けているものが一六名、労役場に留置されているものが二二名、監置に処せられているものが四名おり、右未決拘禁中の被告人のうちいわゆる公安事件関係者(いわゆる東大事件、一〇・二一反戦デー事件、首相訪米阻止闘争事件等で逮捕され、兇器準備集合、公務執行妨害、建造物侵入等の容疑で起訴された学生、労働者等の被告人を指す。)が三一八名いたこと、右収容者の数や内訳は本件不許可処分当時においても大差なかつたこと、当時いわゆる公安事件関係者は、塀外のデモやニユース放送に呼応したり、あるいは朝の点検の際等何らかのきつかけを見つけては大声で叫んだり、シユプレヒコールを繰り返したり、インターを高唱したり、拍手、足踏みをしたり、房扉、房壁を乱打したり、点検拒否その他看守の指示に従わなかつたり、あるいは自己の要求を通すためのハンストを始めるなどの紀律違反行為が多くみられること、しかもお互いの連帯感ないし同調性が強く、一人が右のような紀律違反行為を始めると次々に相呼応して他の者も同じような行為を行ない、舎房全体が騒然となることもあつたこと、原告の場合も房扉を足で蹴つて騒いだため懲罰に処せられたことがあることが認められ、これらの認定を覆えすに足りる証拠はない。
さて、被告は、本件雑誌中別紙目録記載の部分は閲読を許可するのが不適当な箇所である旨主張するので、検討する。
(1) 番号8ないし38の記事について
<証拠省略>によれば、番号8ないし38の記事は、本件雑誌に「一〇・一一月闘争公判関係資料(二)」として掲載されているいわゆる一〇・一一月闘争統一弁護団の抗議声明や裁判所等への申入書、右統一弁護団所属の弁護士に対する法廷等の秩序維持に関すに法律にもとづく制裁の裁判に対する抗告申立書等に含まれている記事であるが、いずれも昭和四五年五月二五日あるいは同月三〇日に開かれた東京地方裁判所の刑事公判廷において看守らが被告人らに暴行陵虐を働いたという趣旨の記事であることが認められる。
一般に監獄内に隔離収容されている未決拘禁者は、その特殊な環境の下にあつて特殊な心理状態にあるので、看守らが被告人らに暴行陵虐を働いたという趣旨の記事を読めば看守に対する強い不信感を抱くに至るであろうことは容易に推察できるところ、未決拘禁者が前記のように連帯感ないし同調性をもつて紀律違反行為を行なつていたいわゆる公安事件関係者(原告もその一人である。)の場合には、右不信感や不安感を単に自己の心中に留めておくにとどまらず、何らかのきつかけをみつけてはこれを看守に対して爆発させ、紀律違反行為を誘発する可能性が相当あることは<証拠省略>によつて認められる。そして、右紀律違反行為が監獄の舎房内を騒然とさせる形で行なわれる場合には、逃走、自殺通謀等の発見や予防に支障となるばかりでなく、他の在監者に対する心理的な悪影響も無視できず、監獄内の紀律ないし秩序を害するに至る相当の蓋然性が認められるというべきである。番号8ないし38の記事は、前記のとおりいわゆる一〇・一一月闘争統一弁護団の抗議声明や申入書等の文章の一部を構成しているものであり、右抗議声明や申入書等は、いわゆる一〇・一一月闘争統一被告団を構成していた原告その他のいわゆる公安事件関係者にとつて、同人らの行なつていた統一公判要求運動の実情を知るためにこれらを閲読する必要性が高かつたことは否定しえないが、そのことにより番号8ないし38の記事のもつ前記のような効果を減殺するものではなく、このことは仮りに右記事が原告主張のように事実に合致するものであつたとしても同様である。
してみれば、東京拘置所長が番号8ないし38の記事の閲読を許可することは不適当であると判断したことは、前記2で述べたような観点からみて、相当であるといわなければならない。
(2) 番号2の記事について
<証拠省略>によれば、番号2の記事は「監獄法の問題点-未決勾留についてのリポート-」と題する古瀬駿介(本件の原告訴訟代理人の一人)の文章の冒頭の記事であり、静岡刑務所で金嬉老被告人が鍵のかかつていない部屋でステレオを聞きながら包丁を使つて料理を楽しんでいるとき、多くの被告人たちはいわれのない冷遇を受けているという趣旨のものである。
この記事も(1)で述べた番号8ないし38の記事と同様、一般に未決拘禁者がこれを読めば監獄ないし看守に対する強い不信感と不安感を抱くに至り、ことに原告その他のいわゆる公安事件関係者がこれを読んだ場合には何らかのきつかけをみつけて右不信感や不安感を看守に対して爆発させ、紀律違反行為を誘発する可能性が相当あり、したがつて、(1)に述べたのと同じ理由で監獄内の紀律ないし秩序を害するに至る相当の蓋然性が認められるというべきである。このことは、(1)に述べたのと同様番号2の記事が事実であるかどうかにより左右されないと考えるほかはない。
してみれば、東京拘置所長が番号2の記事の閲読を許可することは不適当であると判断したことは、前記2で述べたような観点からみて相当であるといわなければならない。
(3) 番号1、3ないし5の記事について
<証拠省略>によれば、番号1の記事は「監獄法の今日的問題点」と題する小泉征一郎(本件の原告訴訟代理人の一人)の文章中の記事であり、獄中闘争に対しては看守による個別的リンチや所長による意図的懲罰という形で必らず報復が加えられるという趣旨のものであること、番号3の記事は前記「監獄法の問題点-未決勾留についてのリポート-」と題する文章中の記事であり、保護房が懲罰の先取りとして使用されるというものであること、番号4の記事「『懲罰』に対する闘い-日弁連人権擁護委員会への申立書-」と題する川端和治(本件の原告訴訟代理人の一人)の文章中の冒頭の記事であり、監獄内においては何よりも裸の暴力が優先するという趣旨のものであること、番号5の記事は「懲罰に関する部内関係資料」と題する文章中のまえがき中の記事であり、看守が被告人におそいかかり、暴行を加えつつ仮監に連行したという部分を含んでいるものであることがそれぞれ認められる。
これらの記事も(1)で述べた番号8ないし38の記事と同様、一般に未決拘禁者がこれを読めば監獄ないし看守らに対する強い不信感を抱くに至り、ことに原告その他のいわゆる公安事件関係者がこれを読んだ場合には何らかのきつかけをみつけて右不信感や不安感を看守に対して爆発させ、紀律違反行為を誘発する可能性が相当あり、したがつて、(1)に述べたのと同じ理由で監獄内の紀律ないし秩序を害するに至る相当の蓋然性が認められるというべきである。このことは、(1)に述べたのと同様これらの記事が事実ないし事実にもとづいているかどうかによつて左右されるものではないと考えるほかはない。
してみれば、東京拘置所長が番号1、3ないし5の記事の閲読を許可することは不適法であると判断したことは、前記2で述べたような観点からみて相当であるといわなければならない。
(4) 番号6、7の記事について
<証拠省略>によれば、番号6の記事は前記「懲罰に関する部内関係資料」中の記事であり、被告人の看守に対する暴行ないし指示違反等の具体的な紀律違反行為の記述が含まれていること、番号7の記事は番号6の記事に続いて掲げられており、そこにも紀律違反行為についての記述が含まれていることがそれぞれ認められる。
これらの記事を前記のとおり連帯感ないし同調性の強い原告その他のいわゆる公安事件関係者が読んだ場合には、何らかのきつかけをみつけて同様の紀律違反行為を行なうに至る可能性が相当あり、したがつて、(1)に述べたのと同じ理由で監獄内の紀律ないし秩序を害するに至る相当の蓋然性が認められるというべきである。弁論の全趣旨によれば、番号6、7の記事は未決拘禁者に対する懲罰の執行停止申立事件において相手方である東京拘置所長が裁判所へ掲出した疏明資料中からこれを転載したものであることが認められ、これに反する証拠はないが、そのことにより右の結論が左右されるものではないと考えるほかはない。
してみれば、東京拘置所長が番号6、7の記事の閲読を許可することは不適当であると判断したことは、前記2で述べたような観点からみて相当であるといわなければならない。
(5) 番号39の記事について
<証拠省略>によれば、番号39の記事はいずれも「監獄法(抜粋)」と題する部分に収められた監獄法および監獄法施行規則の運用に関する通牒・通達類であり、主として収容者の処遇ないし取扱いに関するものであることが認められる。
なるほど右通牒・通達類は刑務行政の部内において上級行政庁より下級行政庁に対し発せられたものであり、行政庁より未決拘禁者に対し積極的にこれを開示する義務のないことは明らかであるが、このことと未決拘禁者の方で右通牒・通達類を入手しこれを閲読しようとする場合にこれを制限できるかどうかという問題とは切り離して考えるべきである。そして、右通牒・通達類は監獄における収容者の処遇ないし取扱いの具体的基準等を示すものであり、これにより収容者の日常生活が現実に規律されあるいは規律されるはずのものであるから、収容者がこれを知る必要性ないし現実の利益を有することはいうまでもなく、他方、右通牒・通達類の存在を原告その他のいわゆる公安事件関係者が閲読したとしても、それが逃亡や罪証隠滅に役立つたり、あるいは紀律違反行為を示唆ないし誘発するほどのものとも考えられない。被告は、本件雑誌の論調は公務員の職務執行があたかも暴行陵虐にでもあたるかのような記事など意図的な内容を主体とするものであり、このこととの関連からすれば前記通牒・通達類の趣旨を歪曲して伝えることとなる危険性が強く右通牒・通達類を被拘禁者に知らしめてことさらな抗争的口実を与えることを意図しているとも判断されるので、所内秩序の紊乱をあおり、そそのかすおそれがある旨主張するが、(1)ないし(4)において述べたように、被告が本件雑誌中公務員の職務執行行為があたかも暴行陵虐にでもあたるかのような記事など意図的な内容をもつている旨主張する番号1ないし38の記事についてはその閲読を許可することが不適当であるとした東京拘置所長の判断が相当であり、したがつて、右記事と番号39の記事とは切り離して考えるべきであり、また、被拘禁者が仮りに右通牒・通達類に定められた基準を下回る処遇を受けた場合に、右基準に則つた処遇をするよう要求すること自体は何ら違法視するに足りず、これをもつて紀律違反行為とすべきではない。したがつて、被告の前記主張は理由がない。
してみれば、東京拘置所長が番号39の記事の閲読を許可することは不適当であると判断したことは、前記2で述べたような観点からみて、不当であるといわなければならない。
4 次に、前記1で述べたように、本件取扱規程三条五項によれば、閲読を許可することが不適当な箇所を抹消しまたは切り取つたうえその余の部分の閲読を許可するという方法もあるところ、東京拘置所長はそのような方法をとらずに本件雑誌の閲読を全体として不許可とする旨の処分(本件不許可処分)をしたものであるので、その適否について検討する。
前項で検討したように、本件雑誌中閲読許可を不適当とした東京拘置所長の判断を当裁判所が相当として是認すべきものとする箇所は別紙目録記載の番号1ないし38の記事であり、<証拠省略>に照らせば右記事は合計三三頁にわたつていることが認められ、また、本件雑誌が合計一二七名のいわゆる公安事件関係者に各一冊あて差し入れられたものであることは前記のとおり当事者間に争いがない。
そして、<証拠省略>を総合すれば次の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。
本件不許可処分当時東京拘置所には四〇〇名位の職員がいたが、そのうち教育課の職員は課長も含めて五名であり、そのうち図書係は二名にすぎず、他の課より応援を求めうるような状況にはなかつた。もつとも、受刑者中より五名ほどを図書夫として抹消事務を手伝わせていた。抹消の方法は、抹消すべき部分を切り扱いた枠をザラ紙や新聞の広告紙等で作り、その枠を当該図書の上に置き、謄写用インクで右切り抜いた部分すなわち抹消すべき部分を塗りつぶすのであるが、一つの枠で三〇部位に使用でき、それ以上は使用が困難となる。本件雑誌のような紙質の場合には、新聞紙やザラ紙の場合に比較してインクの吸湿性が悪く、乾くのに時間を要する。東京拘置所において昭和四五年八月中に検閲をした図書の数は、同一物を一件として合計二八、九六二件、点数にして三九、〇五六点にのぼる(これを一日あたり平均すれば、一、〇五九件、一、四四七点になる。)。このうち、削除または抹消した数は八、三二九点、閲読を不許可とした数は二七三点である。なお、本件雑誌が原告その他のいわゆる公安事件関係者一二七名に差し入れられたのは昭和四五年七月三一日であつたが、翌八月中にさらに一〇名のいわゆる公安事件関係者にも各一冊あて差し入れられた。
以上認定の事実にもとづいて考えるに、東京拘置所長が本件不許可処分をするにあたつては番号39の記事についても閲読を許可するのが不適当であるとの判断に立つていたものであるが、当裁判所は前記のとおり右判断を不当とするものであるから、この点において東京拘置所長が本件不許可処分をするにあたり前提としてとつた判断の一部には誤りがあつたものといわなければならない。しかしながら、番号39の記事を除いて考えても、右のように限られた数の職員をもつて著しく多数の検閲すべき図書をかかえているという事情の下に、抹消すべき箇所が多く、しかも抹消の方法が新聞紙等に比較して容易でない本件雑誌につき、東京拘置所長が本件不許可処分をしたことは、前記のような未決拘禁者の図書閲読の自由との関係で必らずしも望ましい方法とはいえないが、なお合理的な裁量権の範囲内の行為としてこれを是認すべきである。
5 以上のとおりであるから、本件不許可処分は監獄法三一条、監獄法施行規則八六条に則つた適法なものであり、原告主張のような違憲性・違法性はないというべきである。
三 のみならず、未決拘禁者の図書閲読の自由との関係でいかなる場合にある図書が監獄内の紀律を害するものといえるかどうかは必らずしも一義的に明らかな問題とはいえず、また、図書係職員の事務量との関係でいかなる場合に閲読許可不適当箇所の削除ないし抹消という方法をとらないで当該図書全体の閲読を不許可とすることが許されるかどうかも必らずしも一義的に明らかな間題とはいえず、いずれも解釈の微妙な法律問題であるから、東京拘置所長が別紙目録記載番号39の記事をも含めて本件雑誌には閲読許可不適当箇所が著しく多く、右箇所を抹消してその余の部分の閲読を許可することは著しく困難であるとして本件不許可処分をしたことは、仮りに同処分をしたことに違憲ないし違法の点があるとしても、少なくとも故意はもとより過失もなかつたものと認めるのが相当である。
四 してみれば、その余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高津環 牧山市治 上田豊三)
別紙(閲読許可不適当箇所)目録
1
看守による個別的リンチ、あるいは所長による意図的懲罰というようなかたちで、必らず報復が加えられるのである。例えば、本年四月の日航機ハイジヤツクに関する新聞検閲事件では、東京拘置所女区の四四名の公安関係在監者中、のべ三〇名ほどの者が看守により暴行を受けており、さらに、その中の多数の者に対しては懲罰が加えられた。
2
一 はじめに
長期勾留と実刑判決が日常化するに伴い、警察署、拘置所、さらには刑務所等における処遇が避けることのできぬ問題となつてきた。
静岡刑務所で、一人の被告人が、カギのかかつていない部屋でステレオを聞きながら包丁を使つて料理を楽しんでいるとき、いかに多くの被告人がいわれのない苦しみを味わされていることか。この静岡刑務所の事件(1)を、マスコミは職員の綱紀のたるみの問題にすりかえてしまつた。しかし、これが金嬉老弁護団の解任をねらつた権力の陰謀であることは、(イ)刑務所側の金被告人に対する詳細な公判指導、(ロ)弁護団解任の執拗な勧誘、そして(ハ)昭和四三年九月に一看守が金被告人をあまりにも優遇しすぎているとして、具体的な事実をノート三冊に書いて上申書として提出し、矯正局長はこれを読んでいた、という事実からも容易に推測できる(2)。
この事件のもう一つの重要な問題点は、所長や保安課長や看守の一在でかくも「優遇」が可能であるのならば、同じ人間がある在監者を「冷遇」したいと考えたとき(そして一般にはこの場合の方が多いのであろうが)、どのようなことが起るのだろうか、ということである、われわれが接見室で聞く在監者の訴えは殆んどが違法、不当な「冷遇」なのである。裏表の関係にあるこの二つの問題は単なる職員の綱紀の問題ではなく、制度自体の内にはらまれた矛盾といわねばならない。
このリポートでは監獄法のうち未決勾留の部分に限り、その矛盾のあらわれを二、三指摘することにする。
(1) 第六三回衆議院内閣委員会議録第二二号(昭和四五年五月六日)三五頁以下、同法務委員会議録第二三号(昭和四五年五月六日)一頁以下参照(本文は、すべてこれらの会議録によつた)。
もちろん、ここでは単なる優遇のしすぎが問題なのではなく、優遇までして一体何を得ようとしたのかが追求されねばならない。そしてまた、本当に優遇といえるのかどうかも(ことに爆楽、包丁)疑問である。
(2) この看守はその後懲戒免職とされた。
3
(K) 保護房が懲罰の先取りとして使用される。
4
ここでは、法律が憲法に優先し、政令が法律に優先し、通達が政令に優先し、そして何よりも裸の暴力が優先する。
5
退廷命令とともに一斉に看守が被告人におそいかかり、暴行を加えつつ仮監に連行したのであるが、その際、看守が被告人に暴行されたとの不当な理由で、谷翰一、山田純一両被告人に、一ヵ月余の後の九月四日、一五日間の懲罰の言渡しが行なわれた。本資料は、東京拘置所当局が、谷、山田両被告人に対する懲罰を科する過程でだされた内部資料の一部である。
6
懲罰の経緯(本件被告人に関する)
一 取調べの端緒
昭和四四年七月三〇日一六時四〇分東京地方裁判所七〇一号法廷において
1 被告人谷翰一は、閉廷と同時に相被告人らとスクラムを組んで職員の退廷連行を拒み、職員が実力をもつて専用通路に押し出したのちも廊下に座り込むなどして職員の指示に従わず、仮監への連行を著しく困難にし、さらに仮監廊下においても座り込んで入房を拒み、そのために仮監独居房に転房させられたが、直後独居房の扉を三、四回続けて足蹴りにし、
2 被告人山田純一は、相被告人らとスクラムを組み、職員の退廷連行を拒み、さらに職員が被告人に対し実力を行使してスクラムを分断し専用通路に連行しようとした時、連行しようとした職員の右手前腕部に爪を立てて擦過傷を加え、
又実力行使によつて専用通路に連れ出された後も、専用通路の壁にヘバリつき、両足を一杯に広げるなどして抵抗した事例があつたとする出廷区長看守長給前正之および関係職員の報告に基づき、警備隊において前記事実を懲罰事犯として調査することにした。
二 取調べの状況
当時他に懲罰事犯の取調べが山積みしていたことおよび公安関係被告人はほとんど取調べに当たり事実を否認し、或いは黙秘する傾向があるところから、先ず客観的な証拠固めをしなければならなかつた。さらに本件については、多数の関係職員から事情を聴取する必要があつたこと等の事情から、本人等に対する取調べがやや延びることになつたが、同年九月一日警備隊室に谷翰一、および山田純一を順次呼び出し、前記懲罰事犯の客観事実を説明し、取調べることを告知したうえ、各人につき約一時間半にわたり取調べに当たつたが、これに対し谷は「公判廷であつた事実については供述する気持はない」と事実の供述を拒否し、その後は頑として黙秘を続け、
山田は「公判廷で発生したことであるから供述したくない」と前記谷と異口同音に事実の供述を徹底的に拒否した。
そこでやむなく本人等に対し供述がなくとも他に証拠を収集し事実が証明されたら懲罰を科することもあり得る旨告知し取調べを断念した。
これに対し本人等は何等の意志表示をもしなかつた。
関係職員の報告書等によつて本名等の各懲罰表記載の事実が証明されたので、同月三日本人等を順次各別に四区事務室に呼び出し、四区長看守長山下進の立会をえて前記警備隊長が懲罰表記載の事実を読み聞かせた上、懲罰処分相当として申請することを告知し、これに対する弁明の機会を与えたが本人等は何等の意思表示をもしなかつた。
三 懲罰審査委員会の審議
同月三日管理部長、保安部長、教育課長、警備隊および保安課各区長を構成委員とする懲罰審査委員会において、本人等を含む八名の者の懲罰事犯を慎重に審議した上、本人等に対し軽屏禁および文書図画閲読禁止各一五日併科を相当とする結論を出した。
四 懲罰の決定
同月四日右懲罰審査の結果につき所長の決議を得て、同日一三時三〇分頃、所長に代わり管理部長古田稔が、両名を順次四区事務室に呼び出し、軽屏禁、文書図画閲読禁止各一五日併科の言い渡しを行ない、その後執行に差し支えないとの医師の診断を得てその懲罰の執行に着手した。
昭和四四年九月一〇日
警備隊長 看守長 井手昭二
公安関係被告人の出廷時における懲罰事犯例
(氏名)
半沢一郎
(懲罰の種類)
軽屏禁七日 文書図画閲読禁止併科
(事例の概要)
昭和四四年四月八日一一時三〇分頃、地裁仮監独居四房の房壁に釘をもつて「東京都練馬区北田中町」「牛東、永島、半沢一郎」等と落書きした。
(氏名)
藤本敏夫
(懲罰の種類)
軽屏禁一〇日 文書図画閲読禁止併科
(事例の概要)
昭和四四年三月二八日一五時四〇分仮監より帰所するバス内において共犯者のインターを一緒になつて合唱し、職員が制止したところ「歌つてはいけない法的根拠を説明せよ」等の暴言を吐き、数回の制止を無視して歌い続け、車内の静謐を著しく乱した。
(氏名)
渥美文夫
(懲罰の種類)
軽屏禁二〇日 文書図画閲読禁止併科
(事例の概要)
(イ) 昭和四四年三月二八日一三時四五分頃、東京地裁七〇一号法廷で退廷を命ぜられ職員が直ちに退廷させようとしたところ反抗し、吉江看守の腹部を突き上げたり、釦をちぎる等の暴行をなし更に「馬鹿野郎はなせ」と暴言を吐いた。
(ロ) 同日一三時五〇分頃、仮監に還房後「裁判を受けさせろ」と怒鳴り職員の制止を無視して房扉を二〇回位蹴り続け、仮監の静謐を著しく害したので、転房措置をとるも、なお引き続き房扉を蹴つた。
(ハ) 同日一五時四〇分仮監から帰所のバス内において連絆方法につき大声で執拗に抗議したり更に共犯者に話しかけたりしたので職員が注意したところ「何が悪いのだ、そんな根拠はどこにある理由を言つてみろ」とさわぎ出し共犯者のインター放歌に同調し、職員の制止を無視して約一五分間歌い続けバス内の秩序を著しく乱した。
(氏名)
花園純男
(懲罰の種類)
軽屏禁一五日 文書図画閲読禁止併科
(事例の概要)
(イ) 昭和四四年三月二八日一三時四五分、東京地裁第七〇一号法廷で退廷を命ぜられ退廷する際、検察官横の机を足蹴りして倒した。
(ロ) 同日一五時四〇分頃、仮監から帰所するバス内において、相被告人の渥美文夫が単独連絆されたのを不服として執拗に抗議し或は前席の前田裕一に話しかけたため職員から注意を受けたのに反抗して暴言を吐き、更に職員の制止を無視してインターを歌い続け車内静謐を著しく乱した。
(氏名)
村岡孝彦
(懲罰の種類)
軽屏禁一五日 文書図画閲読禁止併科
(事例の概要)
昭和四四年六月二日一六時五分頃、東京地裁第三〇九号法廷において勾留理由開示裁判の閉廷宣告があつたので、柏木看守が廊下に連れ出したが、法廷内に置き去りにした草履を同看守がはかせようとしたところ「俺は東拘には帰らないぞ」とわめきながら右大腿部を足蹴りした。
(氏名)
今村俊一
(懲罰の種類)
軽屏禁一五日 文書図画閲読禁止併科
(事例の概要)
昭和四四年六月二六日公判を終り帰所するバス内において、革マル派デモ隊が機動隊に規制されているのを目撃するや「異議なし機動隊ナンセンス」と大声を発し、職員の注意を無視したので口を押さえ制止したところ「看守横暴」と叫び車内の秩序を極度にみだした。
(氏名)
石井 出
(懲罰の種願)
軽屏禁一五日 文書図画閲読禁止併科
(事例の概要)
昭和四四年六月二六日公判を終わり帰所するバス内において、革マル派デモ隊が機動隊に規制されているのを目撃するや「頑張れ、安保粉砕」と声援し、職員の制止に対し、「うあー」と大きな奇声を発して手を叩く等、車内の秩序を極度にみだした。
(氏名)
大宮潤一
(懲罰の種類)
軽屏禁一〇日 文書図画閲読禁止併科
(事例の概要)
昭和四四年七月二日、丸山淳太郎が桜井健男と授受した不正筆記メモ用紙を隠匿所持しているのを発見取調べたところ、六月下旬頃、本人が学生の活動情報入手のため、桜井を介し丸山に依頼した不正連絡文書であることが判明した。
(氏名)
丸山淳太郎
(懲罰の種類)
軽屏禁一〇日 文書図画閲読禁止併科
(事例の概要)
昭和四四年七月二日一三時頃、東京地裁法廷において、桜井健男から不正連絡文を受け取り、読んだ後その裏面に回答を書き送り、双方互いに通じあつた。
(氏名)
桜井健男
(懲罰の種類)
軽屏禁一〇日 文書図画閲読禁止併科
(事例の概要)
昭和四四年七月二日一三時頃、東京地裁公判廷において六月下旬頃、大宮潤一から依頼された丸山淳太郎への伝言を思い出し、弁護人より貸与された筆記用具をもつて丸山宛不正連絡文書をかき渡した。
昭和四四年九月一〇日
作成者 保安課長 川畑 耕
公安関係被告人の受罰数
(自四三年一二月一九日 至四四年九月四日総数一一七件)
内訳
主な事犯名(件数)
器物破損(1)不正物品作製(1)落書(15)放歌(2)暴言(6)インク窃取(1)房扉を足蹴り又は手で叩く(15)畳の上に脱糞(1)大声(41)指示に従わない(5)職員に暴行(4)食事を窓に投げつける(1)不正授受(1)拒食(20)不正連絡(3)
昭和四四年九月一〇日
作成者 保安課長 川畑 耕
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法廷戒護に対する当所の方針等について
刑事法廷における戒護については過去裁判官、検察官、弁護人或は証人に対して危害を及ぼした事例或は在宅被告人または傍聴人との不正連絡更には法廷からの逃走といつた事例等にかんがみ、これらの事故防止を徹底し併せて訴訟の円滑な進行に協力するため行政命令(昭和三一年一〇月一〇日刑事二一六七三事務次官通達、昭和三一年一〇月一五日矯正甲一〇七五矯正局長通達、昭和三二年五月七日矯正甲三九八矯正局長通達)及び、過去の種々の経験事実の蓄積から帰納された、職務上の慣行に基づき一貫して適正かつ慎重に運用してきている。
とくに公安関係被告人の戒護については戒護力を増強する反面、被告人、弁護団および傍聴人の三者に対する不必要な刺激をさけるため、行政命令(昭和三二年五月七日矯正甲三九八矯正局長通達)に基づき通例としている「法廷内での戒具の使用」をさけ、素早く身柄を専用通路に連れ出し、そこで戒具を使用するという配慮もしている。
しかし、公安関係被告人の公判においては、本案の審理よりはなれ戒護者の人員、位置、当所内における処遇の問題、出廷時の処置等が「法廷闘争」および「獄内闘争」の手段として被告人或は弁護人によつて一方的に事実を誇張歪曲して公判廷に持ち出され「迅速な審理」妨害しているのみならず戒護職員の志気にも深刻な影響を及ぼしている。
更に閉廷後もしばしば戒護職員の退廷指示に従わず物理的抵抗を行ない混乱をまねき、その傾向は被告人が、一〇人程度以上に及ぶ場合や、裁判所の要請により戒護職員の間に被告人をはさむいわゆる「サンドイツチ」方式の戒護ができない場合に著しく増大激化している。
これらの場合止むなく実力を行使するに当たつては常に職員に対して沈着、冷静かつ適正に実施するよう指導している。
ところで、現実の問題として被告人全員が「ガツチリ」とスクラムを組み頑強に抵抗した場合、これを一人づつ解きほぐすことは非常に困難であり、まして傍聴人の怒号の支援を得て暴れたり、足蹴りしたり、身を突張つたりする者を制止しながら退廷させ、戒具を使用して仮監に連行するという一連の状況下においては、必然的に双方の力が衝突し、結果は双方に負傷者を生ずることになる。
しかし戒護職員は適正な範囲を堅持して実力を行使するが、被告人は見境いなく力の限りをつくして抵抗するので、戒護職員は言語に絶する辛苦を味わつている。
にも拘らず被告人自ら混乱の原因をつくり紛争を激化させながら、その責任を公判廷において発言権のない戒護職員に転嫁し、次回公判の「公判闘争」の手段としている。
なお出廷時における戒護に対する妨害により被害のあつた事例を次に掲げる。
<日時>三月二八日<退廷状況>三名退廷命令<内容>職員衣類破損一名、職員腹部三回突かれる一名、法廷内の机を蹴倒す一名、仮監の房扉蹴る三名、帰途車中で暴言大声三名、(パトカーの応援あり)
四月二二日午前、午後を通じて二〇名退廷命令 椅子二脚破損一名
五月一三日 職員に対する暴言一名(戒護職員の退席要求はしばしばあるがこの時は「被告人の周囲にいる冷血動物を取り除け」というものであり、裁判長も注意したもの)
五月二八日 全員(一〇名)退廷命令 職員負傷(腕脚の打撲傷等)四名、被告負傷(手指擦過傷)一名。
六月二日 一名退廷命令 職員負傷(手指裂傷脚打撲傷その他擦過傷)七名、被告負傷(脚裂傷その他擦過傷)三名。
本年三月以降七月末までの間、退廷を命ぜられた者は実に七〇名を越え、ほとんど何れも職員の連行行為に激しく抵抗し、次第に狂暴化の傾向をたどつており、出廷時の戒護を著しく困難にしてきている。しかもこれらの「法廷闘争」は「獄中闘争」(出廷拒否-五月以降七月まで累計三四〇名、ハンスト-二月以降八月まで延べ三二一名、一斉シユプレヒコール等の騒じよう行為で現認された者は二月以降七月まで一五〇名)と一体として活動し、他の一般被告人にも影響を及ぼし、当所の秩序維持を極度に困難な状況に落とし入れている。
従つて監獄内における規律違反は言うまでもなく出廷時における規律違反についても、適正かつ厳格な懲罰を科して対処しない限り公安関係被告人を常時三〇〇名前後、その他の収容者を一二〇〇名~一三〇〇名を収容している当所における秩序維持は到底期待できない現況にある。
昭和四四年九月一〇日
作成者 保安課部 川畑 耕
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これを聞くや否や勾留中の九人の被告諸君の両脇を固めるように付添つていた看守二三名が、待つていたとばかりに一斉に被告諸君におどりかかり、暴力的に被告諸君を拉致し甚だしきは全く物を扱うように椅子ごと運び出すなど、正視に堪えない乱暴を働いた。
この暴行を現認した弁護団は、一斉に看守、裁判長に抗議すると同時に後日の証拠保全のため、裁判所に通告のうえ葉山弁護人が暴行を働いている現行犯人たる看守の
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看守の暴行
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弁護人らは午前中閉廷後に現実化した看守の暴行と、これまで何回となく報告されている拘置所における懲罰に名を借りた暴行、虐待事案とを考えるとき、
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拘置所看守の暴行
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看守が当日出廷した勾留中の九名の被告人諸君を退廷させるに際し、退廷を促すことなく、一斉にいきなり被告人諸君におどりかかり、殴る、蹴る等、数々の暴行陵虐を加えこれを暴力的に拉致するのを現認し、特別公務員暴行陵虐罪の現行犯とし
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自己の面前で、自己の依頼者が特別公務員によつて暴行陵虐を受けているとき、これを
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看守が被告人に暴行陵虐
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看守らの被告人に対する暴行陵虐行為を現認したからであるが、右暴行行為の発生
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ところで、弁護人が公判開始前に、地裁仮監において在監被告人と接見した結果、府中刑務所の看守が被告人に対し、「今日の公判廷で裁判長の命令に違反するとあとで問題になるからよく心得てもらいたい」という、被告が「問題になるとはどういうことか」と反問すると、「懲罰をうけることがある」といつて、同人に恫喝を加えた事実が明らかとなり、この事実並びに右恫喝を加えた看守が他の被告の隣に在廷していることが恫喝をうけた被告人から公判廷において明らかにされた。
また、他の在監被告が立つて発言しようとした際、前記の如く隣に坐つている看守から手で身体を抑えられて、発言を制止されたことがあり、この事実も牧裁判長に対して訴えられた。このように看守が被告の身体に手を加えて発言を制止することは本年五月二五日午後における東京地裁刑事第八部(柏井裁判長)の公判廷においても起きたことで決して偶発的事態ではない。すでに最近新聞雑誌に報道されているように、小林法務大臣も自認する、時代遅れの監獄法のもとにおいて、東京拘置所、中野刑務所などに勾留中の反戦・学生被告に対し、非人道的処遇が加えられている。国会においても追及されたが、右拘置所等において被告人が看守に少々口答えしたとか、正当な要求をしたなどのことで直ちに懲罰をうけて、一〇日前後も入浴、運動、面会、読書、ラジオ等が禁止されて非人間的生活を強いられているのがザラであり、したがつて被告人に対して右のような制裁を課するを常とする看守が被告人の両脇に密着して在廷したならば、被告人に威圧を与え、被告人を萎縮させ、被告人の訴訟追行権、防禦権を侵害するおそれあることは明らかである。また、前述のような看守の配置では弁護人と被告人の打合わせすらできず、弁護権を害することも甚だしいのである。しかも、前述のように同日の公判廷において、現実に看守が被告人に恫喝を加えたり、被告人の発言を制止したりする事実が発生したのであつたから、被告人、弁護人はこもごも、右看守の配置が不当であり、法廷は刑務所の延長であつてはならないことを力説し、看守を被告人の両脇から離して、公正なる審理の場を保障すべきことを要求した。しかるに裁判長は被告人、弁護人の要求を拒否し、その理由の釈明を求められても一切、答えることなく、弁護人らの発言を禁止し、或は弁護人を退廷せしめて更に手続を強行した。
(3) ところで、この間、在監被告は、右の如き裁判所の強権的訴訟指揮に抗議し、発言を求めていたものであるが、午前一二時二分頃に至つて、裁判長は右被告人らの要求を無視したまま、起訴状朗読に入つたので在監被告はこれに抗議するや、裁判長は右在監被告九名全員に対し退廷を命じ、看守らは右命令を執行した。
ところが、右看守らの執行たるや、一名の被告に二、三名の看守がとびかかつて、身体ごと外へ引きずり出そうとしたり、女性被告の髪の根元をつかんで、廷外に引ずり出し、足であざが出る程蹴りつけるとか、法廷内で被告をおし倒して、声の出なくなるまで首をしめ上げ、膝で腹部を強圧するなど機動隊そこのけの凄まじいものであり、被告人らは身体のあちこちに、内出血、挫傷、裂傷、などを加えられ、仮監でマーキロをつけてもらうなど手当をうけたものである。
右のような看守らの行為は正当なる職務行為の範囲を越えたもので、人権じゆうりんも甚だしい。看守らが退廷命令を執行するに当たつて、何も被告人らの首をしめたり、蹴とばしたり、何人掛りで荷物を引きずり出すように扱う必要はないのである。看守らの行為は全く行過ぎであつて、特別公務員暴行りよう虐罪に該当すること明らかである。
しかも、右のような看守らの暴行りよう虐行為は裁判長の命令一下、日頃の訓練にものをいわせ、あつという間に起こつたのである。漫然看過すれば、台風一過、証拠があとかたもなくなる状況にあつた。従つて、右のような差し迫つた状況にあつたから、小長井弁護士は裁判長に通告のうえ、自ら写真機をとり出して右暴行の実状を撮影しようとしたのである。右は看守らによる暴行りよう虐という違法行
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本件のような看守の暴虐な違法行為の現場写真を撮影することの意義と必要性はいくら強調しても強調しすぎることはない。
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看守らの乱暴極まる行為について
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そしてこれに対し更に発言しようとする被告人に対し両脇の看守が暴力をもつて抑制し、あまつさえ退廷命令の執行に際し、看守、裁判所警備員が被告人に対して、五人がかりで体をひき蹴り、女性被告人の髪の毛をひつぱるなど刑法一九五条二項にある暴行陵虐にあたると思料される事態を現出した。
しかも牧裁判長は被告・弁護団の抗論に拘わらずかかる看守・警備員の暴行陵虐を制止しようとしなかつたので弁護人は右看守らによる暴行を看過することなく証拠保全行為として、小長井良浩弁護人に於て(被告人の最善の利益と人権を守るべき職責を有する弁護人のやむをえざる職務執行行為として)暴行の現場を写真機により撮影せんとしたのである。
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看守たちの勾留被告諸君に対する暴行陵虐行為である。同弁護人の面前においてすでに看守によつて、被告諸君に対し殴る蹴る髪の毛をつかむ等々の暴行、陵虐行為が繰返され、特別公務員暴行陵虐罪の現行犯が行なわれていた。要するに、被写体は正視に耐えない暴状であつた。
従つて、そこには看守たちの犯罪行為は存在していても、職務執行行為は一切存在していなかつた。
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とたんに、看守が一せいに被告人諸君におそいかかり、あるいは座席もろとも投げ飛ばし、あるいは首をしめ、殴る蹴るなどの暴行陵虐をほしいままにしていた。
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それどころか、発言をしようとした被告人を看守が暴力を用いて制止するという事態が、この法廷でも発生したので、被告団、弁護団が抗議し、看守を横にどけさせるよう要求したことに対し、一切理由を示さず拒絶し、これに抗議した在監被告人に全員退廷の命令を下した。そうしてこの時も、看守が被告人らに対し、あるいは、床に投げ倒して声の出なくなるよう喉を強圧し、あるいは女性被告人の髪をつかんで引きづり出した上床に二度にわたつてたたきつけるなどの暴行陵虐行為をほしいままにした。
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勾留中の被告人に対しては、看守が出廷前、監獄又は仮監において、法廷で訴訟追行権を行使し、裁判所に異議をとなえたときには、閉廷後いかなる不利益を加えかねまじき勢威を示し、かつ法廷でも発言する被告人を実力をもつて制圧する事態が続出している。閉廷時には勾留中の被告人に対し暴力を加えて退廷させている。
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(2) 次に、両法廷ともに看守および裁判所警備員の被告人、弁護人に対する暴行が凄まじくとても防禦権、弁護権の行使できるような状態になかつたことを強調したい。
拘置所の看守が勾留中の被告人に対し懲罰の名の下に加える嗜謔的な暴力の数々は、五月に東拘で置きた、手錠のうえに皮手錠付のまま二四時間放置した例をはじめ枚挙にいとまないほどの実例が報告されている。被告一名に付きその看守二名が両脇に坐るだけで被告人の法廷活動が精神的に重大な圧迫を受けることは見易いところであり、被告人自身の口から「入廷する前今一緒に坐つている看守から『法廷で騒ぐと後で懲罰だ』とおどかされた、とてもこわいが懲罰を覚悟して発言している」「今発言のため立ち上ろうとしたら脇の看守から手を抑えられた、このような状態では発言できない」と裁判長に対し看守を被告人の脇から離すよう要請があつたのである。実際に行われた暴行は、発言を求めて立ち上る被告人を三、四人の看守で椅子にたたきつけるように坐らせたのをはじめ、特にひどいのは閉廷命令後の廷外への拉致の仕方であり、椅子ごと持ちあげる、髪をつかんで引つぱる、腕をねじ上げる、床に倒して首を締める、足で蹴るなど正視に耐えない暴行が行われている。この特別公務員暴行陵虐の現行犯の証拠を保全しようと
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(3) 傍聴人のいないいわば密室で看守の特別公務員暴行陵虐の現行犯を現認した弁護士が犯罪の証拠保全のために看守が被告人に暴行
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看守の被告人に対する暴行
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面前で看守の被告人に対する暴行が行われ
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看守の被告人に対する目を覆わしめるほどの暴行を眼前にしながら
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6 これを聞くやいなや、勾留中の九人の被告諸君の両脇を固めるように付添つていた看守二三名が、まつていたとばかりに一斉に被告諸君におどりかかり、殴る、蹴る、つき倒す等暴行陵虐を加え、はなはだしきは、全く物を扱うように被告人を長いすごと持ち上げるなどの乱暴を働き、これを暴力的に拉致した。
7 この暴行を現認した弁護団は、一斉に柏井裁判長と看守に抗議したが同裁判長は右暴行陵虐を制止しようとしなかつたので、裁判所に通知のうえ葉山弁護人が後日の証拠保全のため、現行犯人たる看守の犯行現場写真を
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看守、警備員の前記暴行陵虐行為が各所において繰りひろげられ、混乱をきわめていた。
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1 本件写真撮影の被写体は正視に耐えない暴状であつた。
右、第一の事実経過において明らかなように、葉山弁護人が撮影しようとした対象は、看守たちの勾留被告諸君に対する暴行陵虐行為である。同弁護人の面前において凄惨にくり広げられた、特別公務の犯罪行為そのものである。
従つて、そこには看守たちの犯罪行為は、存在していても、職務執行行為は一切存在していなかつた。裁判所といえども特別公務員暴行陵虐行為をもつて、いかにしても職務の執行とすることはできない。現に原決定においても、本件行為をもつて「裁判所の職務の執行を妨害し」たと判断することはできなかつたのである。
2 葉山弁護人の行為は正当職務行為である。弁護人が、自己の弁護すべき被告人が暴行陵虐を受けているとき、この犯罪行為を制止し、又はこれを防禦すべき職責を有することは当然であるが、この一端として、現に被告人に対して加えられている暴行陵虐行為を
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在監被告に看守が暴行陵虐をほしいままにするのを黙認した上、これを制止せんとする弁護人に退廷命令を発し
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看守が勾留中の被告人に暴行陵虐の行為
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看守が女性被告人の頭髪をつかんでひきずる、被告人に馬のりになつて首をしめるなどの暴行陵虐行為を行なうのを制止しないで
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看守の被告人に対する現行犯的状況を
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そして公判廷での退廷後、看守の暴行に抗議すると懲罰を一〇日以上もうける。
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看守、警備員に暴力行使させた。
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そうしてその執行の際の看守のかつてみない暴行陵虐行為を顔色一つかえずに見守り
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